本とゲームとサウナとうんち

ライターが書くブログです。本とゲームとサウナとときどきうんちが出てくるブログです。

咳人の日記


せき。「咳嗽(ソウ)・労咳・謦(ケイ)咳」
新明解 国語辞典 第七版 P221

 
これは咳のような声で会話する「咳人(せきじん)」による日記である。

ゴホング:オホホング

ゴホッ ゴホゴホ ゴホ カッカッ ンン
ウン ウウン ゴホゴホゴホッ 
コホンコホン オホンオホン コホコホ
ゴホホホ ンウウン アー カー
ンカ ウプ ウンウ ウンボ コホコホコホ
アーッパ ウーウー コココ カ カ コ ホ
ホンホン ウグ ングング ググン コホ  
ウン ウウン ゴホゴホゴホッ ンガンゴ
ゴゴゴ コホンコホン ホンホン
コンコン セキ セ キ セキン ホセキ
コセキ オオセキ セキオオ ホンセキ
ゴホゴホゴホ セキン ンセキ

こちらは日本語訳である。

タイトル:親子丼

二年一組が学級閉鎖に追い込まれた次の日、二組の僕の隣に座るまこと君がインフルエンザにかかったと先生に聞かされた。

「まこと君、インフルエンザだって」

「すげー!」

「かっけー!」

「一週間、学校に来れないらしいよ」

「まじで!」

眼鏡をかけてみたい、松葉杖をついてみたい、そう憧れるのと同じようにインフルエンザという未知の病気にかかった友達にクラス中が沸き立った。その二日後に熱が出た。僕はクラスの中でどのように賞賛されているのだろうか。できればまこと君より先に、クラスで一番にかかりたかった。

その日の夜、熱が三十九度まで上がった。これから自分の体がどうなってしまうのか。初めての経験で興奮していた僕は体の辛さよりもわくわくが勝り、翌朝にはとんでもないことになっているのではと、なかなか寝付けなかった。

翌朝、親父に渡された体温計で熱を測ると平熱まで下がっていた。関節の痛みもなく体は軽かった。一週間も休むのは症状ではなく、ウイルスが体からいなくなるのに必要な日数だと知り、僕のインフルエンザへの憧れは一気に冷めていった。

そして、僕は親父が家にいることに少し戸惑っていた。

小学二年生当時、お袋は専業主婦で親父はいつも朝六時には家を出ていた。そんな親父がなぜか家にいる。お袋が用意したお粥を食べながら、新聞を読む親父をちらちらと見ていた。なぜお袋が家にいなくて、親父がいるのか。たったそれだけのことが聞けず、お粥を食べ終えるとまた布団に入った。

「お昼ご飯できたぞ」

親父の声でまどろみから目が覚めた。

テーブルには親子丼があった。レトルトかと思ったが、不揃いの大きさの鶏肉に、少し固まった卵を見て、レトルトでもお袋が作ったものでもないことが分かった。口に入れると不揃いな鶏肉が口の中でころころと動き、卵も堅いところと柔らかいところがあり、独特のおいしさがあった。

「親子丼は、お父さんの得意料理なんだ」

少し恥ずかしそうに言う親父を見て、そんな親父を見るのが初めてだった僕は、戸惑って何も言えずただうなずくだけだった。

あれから三十年が経った。僕は空港のフードコートで親子丼を食べている。親子丼という名前の意味を知ったのはいつだろう。鶏肉が親で卵が子ども、だから親子丼。親父の親子丼を食べた小学二年生の頃は、ただ親子丼という食べ物だと思っていた。名前の意味まで考えたことはなかった。

親父の危篤を聞き、実家に帰るためにすぐに空港に向かった。キャンセル待ちの連絡を待つ間、フードコートに寄った僕は無意識に親子丼を注文していた。

実家に着いたら親父に親子丼の作り方を教えてもらおう。