本とゲームとサウナとうんち

ライターが書くブログです。本とゲームとサウナとときどきうんちが出てくるブログです。

創作 お題「かさいるい」タイトル:砂の味の花

 

かさいるい
1【花菜類】花の部分を食べる野菜。例、カリフラワー・ブロッコリーフキノトウなど。
2【果菜類】実の部分を食べる野菜。例、ナス・キュウリ・カボチャ・トマト・シシトウ・オクラなど。
→根菜類・葉菜類
新明解 国語辞典 第七版 P257

 
「桜っておいしいよね」

 公園のトイレの行列を見て私と彼女は歩いて五分ほどのデパートのトイレを目指していた。

「桜餅? ああ、私はそんなに好きじゃないかな」

「ちがうちがう、桜の花びらのこと」

 花見ってこんなにつまらなかっただろうか。大学時代にはそれなりにわいわいやっていた気がする。私が勤めている職場は花見はおろか忘年会や新年会もなかった。それはそれで楽ではあったが、どこかでこういう場所を欲していたのかもしれない。大学時代の友達からの誘いに予定も確認せずに「行く」と返事をしていた。

 ブルーシートの上では男と女の駆け引きが繰り広げられていた。駆け引きといっても学生時代のような陳腐で雑なものではなく、常識というルールにのっとった競技のようなものだった。男性と話している女性には話しかけない。話しかけるときはまず名乗る。女性は男性に話しかけない。買い出しに行くときは男性二人と女性二人の組み合わせで行く。プラコップは一人一つで自分の名前を書く。女性は一人でトイレに行かない。今のところ私が確認できたルールはこの六つだった。

 男性がマジメに一つ目のルールを厳守しているせいか、グループでわいわい話すことはなく、常に初対面の男性とマンツーマンで会話することになる。お互い社会人なのでそれなりに会話は続くが盛り上がることはなかった。私は男性を見るでもなく桜を見るでもなくゆらゆらと視線を動かしプラカップに注がれたビールを飲み続けていた。

 トイレに行こうと立ち上がったときには六つ目のルールを思い出せないほどには酔っていた。公園のトイレに向かおうとすると背後から声をかけられた。

「ちょっと歩くけど向こうのトイレ行ったほうがいいよ」

 振り返ると小柄な女性が公園の先に見えるデパートを指さしていた。思わず「誰?」と聞きそうになったが、すぐに花見に参加している女性であることを思い出した。その女性の周りは一際盛り上がっていた。そういえば彼女は複数の男性と同時に会話していた。彼女だけ特例なのだろうか。そこで私は六つ目のルールを思い出した。トイレは女性二人で行く。このルールはしっかりと守らなければいけないのかもしれない。知らない男性と二人で話すより知らない女性と二人で話す方がまだ気が楽だ。

「桜っておいしいよね」

唐突だとは思ったが花見という席もあり違和感を覚えることなく間を埋めるための会話だと思い付き合うことにした。
「桜餅? ああ、私はそんなに好きじゃないかな」

「ちがうちがう、桜の花びらのこと」

 そう言うと彼女は地面に落ちている無数の桜の花びらから一枚拾い口に入れた。私の反応を気にする様子もなく少し歩くとまた花びらを拾い口に運んだ。一つ一つ口に運ぶその姿を見て、小学生の頃、学校の花壇に咲いたサルビアを思い出していた。蜜の入った花びらを一本抜き取って口に運び吸う。甘さは一瞬で消え花びらの苦さが口に残る。ある程度集めてからまとめて吸う友達もいたが、私は一つ一つ吸うのが好きだった。さっきまで密で膨らんでいた赤い花びらは一瞬でしぼむ。振り向くと花壇に沿って空っぽになった花びらがばらばらの方向を見て落ちていた。

 どんな味がするんだろう。桜の花びらは思ったよりも小さく人差し指と親指の間にほとんど隠れている。目を閉じると掴んでいるのかどうかもわからないくらい薄い。口に入れると花びらは上あごや舌に張り付いて離れず、なかなか飲み込むことができない。すぐに溶けてなくなるものだと思っていた私は少し焦り思わず口の中に指を入れ花びらを取り出した。渇いて色が落ちかけていた花びらは私の唾液で生気を取り戻したように鮮やかなピンク色になっていた。

「ねえ、どんな味?」

 花びらを拾う彼女の後頭部に聞いた。彼女は振り向くことなく首を少しだけ傾けた。

「うーん、なんかの野菜」

「桜って野菜?」

 彼女は私の声が聞こえていないのか、黙々と花びらを拾い口に運ぶ。私はもう一度桜の花びらを口に含み今度は飴をなめるようにゆっくりと舌の上で味わった。サルビアのような蜜の甘さやも花びらの苦さもなく、ただ砂の味だけがした。