本とゲームとサウナとうんち

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うんち小噺「呪文」

 酒を飲んで家に帰り、その日のうちに風呂に入れたためしがない。

 

 目が覚めるとパンツ一枚で寝ていた。

 時計は六時四十五分。そろそろ起きて風呂に入らないと遅刻してしまう。タオルとパンツを取って風呂に入った。

 

 髪を乾かしテレビをつけると画面の左斜め上にあったのは「6:10」という数字。どうやら時計を一時間見間違えて起きたらしい。もう一時間寝るかと思ったが、酒が残った体をなんとかしようと冷蔵庫から水を取り出しパイントグラスに注ぎ二杯立て続けに飲んだ。体に酒が残ったまま電車に乗ってしまうと高確率で貧血を起こしてしまうのだ。三杯目を飲み終えた頃には体もだいぶ落ち着いてきた。

 七時五十分、卵かけごはんを食べいつも通り八時十分に家を出た。

 

 恐れていた貧血は起こらずしっかりと水分補給をした自分を褒めようとしたそのときだった。腹がとんでもない音を立てた。ギュルギュルとシュルシュルとグーが混ざったような複雑な音。もしかしてこれうんちしたくなる感じか、そう思う間もなく素早い便意が尻の奥を襲った。間一髪で括約筋を閉めることに成功したが、それは序盤戦に過ぎなかった。

 

 これぐらいの便意は何度も経験している。いつもそうだ。忘れたころにやってくるそれに油断を見せてはならない。常に尻に意識を集中し幾度となくやってくる便意を封じ込めることに成功していた。しかし、その日はなかなか手強い。そこでやっと気づいた。

 

 水を飲み過ぎたのだ。

 

 貧血と引き替えに得た代償はかなり大きかった。次第に波の間隔が短くなってくる。二日酔いでなければなんてことなかったかもしれないが、まだ少し酒が残る体はいつもよりも弱っていた。それは精神にも影響していたのだろう。もしここでうんちが出てしまったらどうしようとか、駅のホームでうんちしたら駅員さんは助けてくれるだろうかとか、あるまじき光景ばかりが浮かんできた。

 

 気付いた時には言葉にならない言葉が漏れていた。

「あーあーあー」

 どうしていいか分からない。

「あーあーあーあーあーあー」

 無理かもしれない。もたないかもしれない。

「あーああー、あーああー」

 

 このときふと気づいた。意味にならない言葉を発していると不思議と気分が落ち着き便意が収まる気がしたのだ。

「ぷっぷっぷー、ぷっぷっぷー、ぷっぷっぷー、ぷっぷっぷー」

 意味を持たない言葉をつぶやき続けた。できるだけ反復できるような言葉を。

「ぷっぷーぷぺぽ、ぷっぷーぷぺぽ、ぷっぷーぷぺぽ、ぷっぷーぷぺぽ」

 降りる駅まであと二つ。ここを乗り切れば駅のトイレに間に合うはず。トイレに着いたら思いっきり出してやる。うんちをするシーンを想像した。すごくリアルなシーンをイメージしてしまったばっかりに本当にそこでうんちをしてしまいそうになり、慌てて意識を電車の中に引き戻した。

「ぷぷぷぺぽ、ぷぷぷぺぽ、ぷぷぷぺぽ、ぷぷぷぺぽ」

 破裂音がいい。

「ぽっぽこぷー、ぽっぽこぷー、ぽっぽこぷー、ぽっぽこぷー」

 

 なんとかこらえて駅に到着し尻に力が入るようにホームをつま先立ちで歩き駅のトイレに向かった。もちろん、個室が空いているとは限らない、そこは最悪のシナリオも想定しておく必要がある。そして、その最悪のシナリオは現実となる。個室が空いていない。空くのを待つか、会社まで歩くか。あの意味不明な言葉をつぶやけば会社までもつのではないかと歩く決断をした。

「ぷっぷぷぷー、ぺっぺっぺー、ぷっぷぷぷー、ぺっぺっぺー、ぷっぷぷぷー、ぺっぺっぺー」

 会社まで歩いて十分、なんとか耐えてトイレにたどり着くことができた。

 思いっきり尻の穴を開くと出てきたのはほとんどが水だった。やはり朝に飲んだ水のおかげで腹を壊したのだった。水を飲んでいなければ貧血になっていたかもしれないことを考えると、どちらにせよ、今朝のこの試練は乗り越えなければならない試練だったのだろう。

 

 けれど、もしまた同じような状況になったとしても耐えられると思う。呪文を覚えたのだ。うんちを出さない呪文を。

 

「ぷっぷぷぷー、ぺっぺっぺー、ぽっぽこぷー」